2022年4月20日

333話 この石を取ろうと医師が言ったから(後編)

6年前の今日、僕は死にました。

 

6年前の1月1日から続く謎の体調不良の原因が胆石にあるとわかったのは4月19日。

そこから緊急入院ということになりました。

頭の中をよぎるのは『10万人に一人、人工呼吸器が外れて脳に酸素が行き届かなくなり、

後遺症や最悪の場合死のリスクもある』ということ。

とは言え嫌がる権利は僕にはないので、正にまな板の鯉状態で手術を迎えました。

 

看護師さんが『では全身麻酔の注射を打ちますの』の最後の『で。』を聞き取れることなく

眠りにつきました。

恐るべし、全身麻酔。

後から知ったのですが、当初想定していた時間の何倍もの時間がかかったそうです。

噂では耳にしていた内臓脂肪。これが邪魔をしてお医者さんが上手くメスを扱えなかったのだとか。

恐るべし、内蔵脂肪。

 

ドラマなどでお年寄りが最期の時を迎える場面。

耳元で『おじいちゃ~ん!』って叫んでいるシーンがありますが、あれは理にかなっていると聞きました。

人間の臓器は耳が最期というのがその理屈らしく、身体は止まっていても耳だけは聞こえていることがある

とのこと。知らんけど。

そう考えると、逆もそうなのかな~なんて思います。

徐々に意識が戻る中、まずは耳からの情報が入ってきました。

周りのざわつきが耳に入ります。

うっすら『あぁ、手術が終わったのか。』

 

『良かった良かった。』

と思うことなくあることに気づきました。

人工呼吸器から酸素が来ていません。

身体はまだ麻酔が聞いているのか動けない。

声も出ない。

でも呼吸ができない!!!!!!!!!!!!

 

もがこうにももがけず、周りに人がいるのに誰も助けてくれない。

これも後でわかったのですが、人工呼吸器を止めるタイミングと

麻酔が解けて自分で呼吸ができるようになる、ほんの何秒かの(もしかしたら

コンマの世界)タイムラグがあるケースが存在するらしく、僕がそれにあたったみたいで。

それでも僕にとっては何分も恐怖にさらされているわけです。

最期の時に走馬灯のようにとなるのにも理屈はあるそうですが、僕の場合は

一瞬で色々なことを考えました。

 

➀最期は一人で棺桶に行く。

➁何も持っていくことはできない。

➂家族にも何も言い残すことはできないのは辛い。

 

この三つが一瞬で強く強く強く強く心の残ったことでした。

 

『はい!町さん。呼吸をしてもらっていいですよ。』

と看護師さんに言われて魔法が解けたように身体が動き出しました。

 

その日から考え方が変わりました。

与えられた命です。

自分でコントロールすることはできません。

 

僕は6年前の4月19日まで、ずっと生きる事ができると思っていました。

それは間違いだと、4月20日に気づかせてもらえました。

だから生きている間にしたいことを明確にしよう。

時間を有意義に使おう。

誰かの為に時間を使おう。

 

時間とは命であると気づかせてもらえたのが、6年前の今日です。

 

この石を 取ろうと医師が言ったから

今日は私の 胆石記念日。

 

あれから6年経ちました。

当時の病院記録4㎝の胆石。

 

今は神棚の横に飾って、毎日手を合わせています。

 

 

*後日談

お医者さんからは『胆嚢を切除しています。胆嚢がなくなっても胃と腸が協力して

胆汁を生成しますが、今までよりは油物は受け入れられなくなると思います。』

とのことでしたが、その影響を感じたことはありません。

ありがとう、俺の胃腸。