なぜ教育型サロンの経営は苦しくなるのか?~それでも私たちは人を育てる~
【第3章】
▶序章 第0話~第3話こちら
▶第1章 第1話~第5話こちら
▶第2章 第1話~第5話こちら
第1話 「教育=コスト」という誤解
第2話 “教える文化”が消え始めている
第3話 技術は教えても、働き方は教えていない
第4話 「育成」が属人化する理由
第5話 “教育型”を成立させる経営とは?
前章では、人を育てることと利益を残すことは対立せず、Visionに向かって人が成長し、生み出す価値が高まる経営が必要だとお伝えしました。
では、そのために使う教育の時間や費用を、経営ではどう捉えればよいのでしょうか。
会計上、人材育成に使った費用の多くは、その期の費用として扱われます。
だから数字だけを見れば、教育は利益を減らす「コスト」に見えます。
しかし、経営の視点では、費用であることと無駄であることは同じではありません。
新人が技術を習得すれば、できる仕事が増える。
スタイリストが後輩を育てられるようになれば、個人の力だけに頼らず、組織としてより大きな価値を生み出せる。
今使った時間やお金が、将来の価値につながるのであれば、それは投資と考えることができます。
ただし、ここで注意が必要です。
「教育は投資だから」と言えば、何をしても正当化されるわけではありません。
何のために学ぶのかが曖昧。
いつまでに何を身につけるのかも決まっていない。
教え方は先輩任せ。
成果を確認する仕組みもない。
それでも「うちは教育型だから時間がかかる」と言っているだけなら、投資ではなく、経営上の未整備を教育という言葉で覆っているだけかもしれません。
さらに、その未整備の負担を現場に背負わせてはいないでしょうか。
教育の時間を会社として確保していないのに、先輩には育成を求める。
成長の道筋を示していないのに、後輩には努力を求める。
利益構造を整えないまま、「教育型だから還元が低くても仕方がない」と説明する。
これでは、教育型という言葉が経営側の免罪符になってしまいます。
教育型サロンが問われているのは、教育するか、しないかではありません。
何のために、誰に、どれだけの時間とお金を投じ、その結果として本人と組織がどう成長するのか。
そこまでを経営として設計できているかです。
人を育てる文化は、美容業界が残すべき価値だと思います。
しかし、その価値を守るためにも、昔の仕組みをそのまま残してはいけません。
教育を「善意」や「美徳」に任せるのではなく、投資として設計し直す。
そこから初めて、教育型サロンは次の時代に進めるのだと思います。
次回は、かつて自然に受け継がれていた「人が人を育てる文化」が、なぜ今、続きにくくなっているのかを考えていきます。