2024年8月7日

584話 50にして天命を知る

今日は51回目のお誕生日。

誕生日の日は祝ってもらうばかりではなく、産んでくれたことに対して両親に感謝する日だ。

そんな話を20年前に聞いた今でも、やはり照れくさくて言いにくいですね。

そんな両親も昨年父が他界し、母親一人になってしまいました。

救いは今年から母親が携帯電話のショートメッセージを『見る事ができるようになった』ことですかね。

それならば照れくささは少し緩和されますから、朝一番でお礼のメッセージだけ送っておきました。

 

孔子によると50代は天命を知る年代。

私自身はまだまだその域には達しませんが、今さらながら『何を残すのか?』という感覚にはなってきました。

自分が幸せだと感じるならば、その理由を考えたいなと。

自分が無力であることは十分に理解していますから、その能力以上に自分は満たされていると思っています。

つまり能力<幸福感という状態なわけですから、<に何か要素があるはず。

それは周りの方の力添えでしかありません。

母親から『あんたは運だけで生きている』という名言を刷り込まれてきておりますが、まさにその通り。

だからこそ周りの方への感謝を忘れるわけにはいきませんし、どの様にお返しするのかを考えなければならない年齢です。

 

自分ができることは何かを考えると、お陰様で人とのご縁だけは誰にも負けない(勝負すべきものでもないですが)と自負しております。

また、比較的若い方々と接点を持たせていただいており、彼ら彼女らの未来の力には期待しかありません。

もちろんこちらは劣化が始まっておりますから、その前提で何ができるのかを考えたいと思っています。

年をとっても劣化しないことが一つあります。

それは向上心。

昨日より今日の方が成長していると思える自分であり続けるためにも、『まぁこれで良いか。』ではなく

『あと一つだけ、もう一歩だけ。』の精神は年齢とは関係ないと思っています。

それらを重ね合わせると、私の天命は後進の方々にほんの少しだけでも何かを残すことではないかと考えています。

 

私が今こうやって独り言を誰かに見ていただける幸運を手に入れているのは、ひとえに『働くことは誰かのために動くこと』と

考えてきたからだと思っています。

それを次の世代の方々に残していくためにも、”働きがい”についてもっと探究していきたいと思い、新しくHPも立ち上げました。

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ぜひとも何かの参考にしていただければ幸いです。