2024年12月25日

676話 志の定義

「志」という言葉は昔から好きだったものの、その意味を他人に聞かれても答えられずにいました。

しかし最近になって、自分の中でようやく納得できる定義にたどり着きました。

それは、「志とは条件付きではない動機で動くこと」だということです。

この考え方に至る背景には、20年前の自分の経験があります。

当時は銀行員としてクレジットカードの獲得を進めていました。

昔は審査が厳しく、カードを作れる人が限られていたものの、徐々に審査基準が緩和され、今では誰でも簡単に作れる時代になりました。

この変化を目の当たりにし、「快楽を先に得る社会の怖さ」を実感しました。

本来、人は何か欲しいものがあれば、それを得るために努力して痛みを伴い、その後に得られる快楽を喜びます。

ファーストフードの増加もそれに似ています。

食事とは本来命をいただく場であり、調理はその為の儀式の一つです。

しかし今ではほんの数分で他の生き物の命が手に入る。

クレジットカードの普及やファーストフードの増加は、「努力の前に快楽を得られる仕組み」を当たり前にしてしまいました。

その結果、痛みを回避し、快楽を優先する習慣が身についてしまったのです。

 

この流れは子どもたちにも影響を与えています。

例えば、「褒めてもらえるならやる」「お小遣いがもらえるならやる」というように、条件付きでしか行動しない子どもが増えています。

そしてその延長線上にあるのは、「後輩の教育ですか?残業代や手当が出るならやります」という社会人像かもしれません。

志を持つということは、条件付きではなく、自分の信念や目的を原動力にすることです。

それを取り戻すためには、今一度「痛みと快楽の順番」を見直す必要があります。

努力の後に得られる喜びを噛みしめる価値を再認識することが、志を育てる第一歩ではないでしょうか。

 


≪今日の心がけ≫
痛みの先にある喜びを想像し、行動の原動力にしましょう。